認知症の診断はあいまい

 認知症の診断は、CTではなく主に家族の話や長谷川式で行います。
長谷川式は参考にするけれど点数が高いこともある、家族の話は大切だけれど、家族のキャラクターによって受け止め方が違うこともあります。認知症の診断でそんないいかげんなの?と思いませんか。

 

 その通りです。いいかげんと言うよりも、認知症の臨床診断は、とてもあいまいなものです。

 

 100%の精密さを求めれば、認知症の確定診断は脳の細胞を顕微鏡で観察して下す病理診断となります。元気に生活している人の脳細胞をとってくることは普通はしませんから、生前に厳密な意味での確定診断はできないのです。
認知症の診断はあいまい

 

 そのため、症状や検査所見で点数をつける臨床診断をするしかりませんが、これとて限界があります。
明らかに全く問題がない方、そして認知症が進行している方ではあまり迷いませんが、その境目はグラディエーションのようにあいまいで、昨日までは正常だった方が翌日突然認知症になる、〇か×かというようなものではありません。

 

 かっちりした性格で白黒つけたいタイプのご家族からすると非常に頼りなく思われるかもしれませんが、仕方がありません。これには、認知症は病気としての側面と、加齢に伴う自然な変化としての側面の両方があるためです。

 

認知症の診断はあいまい

 

 コウノメソッドの生みの親である河野先生も、「認知症と老化は、明確に線引きできるものではない。本人に苦痛が起き、生活に支障が出た場合を便宜上疾患としているだけで、実は明確な境界などない。多くの高齢者が、加齢と疾患の境界領域に位置している。」と表現されています。

 

 一つの目安は、食べた食事の内容を忘れるのは生理的なもの忘れ、食べた事実そのものを忘れてしまうのが認知症と言われます。また物をうっかり置き忘れてどこにいったか分からないのは生理的なもの忘れ(それも程度によりますが)、なくなった物を「隣りの誰それさんに盗られた」と言い出したら認知症、というのも判断の基準になります。

 

 そうは言っても家族さえもどうだろう…と思うくらいの初期の段階(医学的にはMCI 軽度認知障害と言います)では、本人に「自分は病気である」という病識がないことも多いです。進行を少しでも遅らせるために早く治療を始めてもらいたいと焦るご家族と、自分は何でもないから薬なんていらない、通院なんてしたくない、という本人の間で対立するような状態になることは珍しくありません。「自分は何でもないのに、家族が自分を陥れて認知症にしようとしている!」と怒りだしてしまうこともあるのです。

 

そんな時、私は本人とご家族を前にして、こんな風にお話をします。

 

「認知症かそうでないかは、100%正確に白黒つけられるものではありません。何も治療として打つ手がないのなら、佐藤さんが不愉快なだけですからそんな診断がつかない方がいいでしょう。
でもはっきり言えることは、佐藤さんの記憶力が今よりも悪くならない方がいいということです。佐藤さんは今、元気に歩けて、身の周りのことはだいたい自分でできて、野菜作りもがんばってやれていますよね。
仮に初期の認知症だとしても、今は進行を遅らせたり症状を和らげるよい薬や方法があるんですよ。今のいい状態を維持するために、少し通院してみてはいかがですか?」

 

 もう病気だから何もかもダメ、というのではなく、今できること、いい所にしっかり焦点を当てて、これから先もそこを守りたいんだというこちらの気持ちを伝えます。仮に診断がついたからと言って、大きく今の生活を変えたり、楽しんでやっている趣味をやめたりする必要はないこと、むしろ楽しいと思えることに積極的に取り組んだ方が進行を抑える効果があるんですよ、とお話しています。

 

 以前は認知症の薬を通常の半分量くらい飲んでもらって、症状がどんな風に変わるのか見ていく、という方法(ドネペジルチャレンジテスト)もありましたが、現在はこちらは行っていません。軽度認知生涯の段階で認知症の薬を使うことで、副作用は認知症の方よりも多く出る一方で改善効果が乏しいということがわかったためです。
積極的な生活習慣の改善と、進行予防に役に立つと言われているサプリメントについて情報提供を行うことが主流になっています。気付かないうちに進行していっていないかどうか、要所要所でチェックを入れるために受診して頂いたりはしています。